えっ、男でメイク?
ひと昔前なら異様な目で見られていましたが、この国でもビジュアル系と呼ばれるアーティストたちが誕生して、男性も女性以上にメイクをする人が現れました。ですから今は男がメイクしてもおかしくない時代なのですね。街を歩けばけっこういますよ、メイクした男性が。サラリーマンにしても、若い方はやってますね。とてもオシャレにしてます。僕はそれらを見てもけっして、「いいなあ」とは思いませんが、実は僕も経験があるのです。
と言いましても、僕はけっしてビジュアル系と言うわけではありません。あくまでも仕事でメイクをしただけなのです。そう、あれは二十年以上も前の事です。転職して僕は学生時代から興味があった広告の制作会社にコピーライターとして入ったのでした。その制作会社は広告を作るデザインルームと、カメラ撮影をするスタジオから成っていました。社長がカメラマンだったのですね。それでまだ入りたての時でした。アメリカの有名なコンピュータメーカーから発売されたカラーコピーを広告する際に、どうにか予算を抑えるために、その広告に使うビジュアルでのモデルは、社員の中から出すという事になったのです。選ばれたのはデザインルームを代表するような美人デザイナーの女性の先輩と、なんと僕だったのです。「先輩はともかく、僕じゃあ……」何度かお断りしたのですが、これは命令だと却下されてしまいました。
撮影のイメージとしては、入社間もない新入社員の僕と、ベテランの女性社員。それでこれからプレゼンに臨むという設定でした。撮影当日です。僕はメイクアップの女性から顔に何か塗られ、髪型も整えられて、まさにマネキンのような気持ちになりました。ほんのちょっとしたメイクだったのですが、異様にかた苦しい。もう、嫌になりました。それでも撮影は続けられ、何度も何度もカメラを向けられた。「はい、笑って」と言われても顔は引き攣るばかりです。改めてモデルさんの気持ちが分かったように思います。頭から汗が落ちる。顔の化粧も流れ落ちます。「こんなんでいいのかな」と思いました。もう、メイクも撮影も、嫌いになりましたね。